IMSグループで介護事業を担うハンドベルケアでは、東京と札幌で介護付有料老人ホーム3施設を運営しています。今回の座談会には、それぞれのホームを代表して施設長が参加。団塊世代の介護ニーズや魅力ある施設づくりをテーマに熱く議論しました。(このコンテンツは、ハンドベル・ケア創立30周年記念事業で制作された座談会パンフレットの内容を再編集しました)

この記事の構成
有料老人ホームで最期を迎えるということ
宮崎「今回の座談会では、有料老人ホームで人生の最期を迎えるということ、看取りということが、入居される方やご家族にとって、どうあるべきなのか、といったように、非常に大きなテーマについて議論すると事前に伺っていましたが、ここでお話ししたいと思ったのは、あるご姉妹のエピソードです」

阿久津「もう長年、有料老人ホームの運営の先頭に立ってきた宮崎施設長は、私にとっては大先輩。以前から、いろいろなエピソードを宮崎施設長には伺っていて、すでに逝去された入居者さんのご家族から、その後もずっと継続して連絡がきたり、ホームを訪ねてきたご遺族と思い出話に花を咲かせたり、といったお話を聞かせていただき、いつも同じ施設長として。学ぶこと、考えさせられることがあります。どのようなエピソードか、ぜひ、お聞かせください」
思い出づくりにサンシャイン水族館を訪れた姉と妹
宮崎「ありがとうございます。私が赤羽のホームで施設長を務めることになった、もう何年も前のことです。妹さんが、すでに末期がんで、そう長くはないというお姉さんの入居を希望され、毎日のように居室を訪れて、一緒に夜も泊まって過ごされるようなホーム生活が始まったのですが、ずいぶん状態が悪かった妹さんの体調が意外なほど良くなって、最期の思い出に外出されたというお話がありました」

宮崎「状態が悪かった方でも、入居後に持ち直すというケースはままあります。そこで、担当スタッフが相談して、介護や看護が同伴するという条件で、外出が決行されて、目的地は池袋のサンシャイン水族館でした。それから数カ月後にお姉さんは亡くなられたわけですが、でも、そこで喫茶店で楽しく過ごされたのが、本当に良い思い出になったと、ずいぶん妹さんに喜んでいただけました」
山田「そうですね。私たち蓮根の老人ホームでも、看取りに至るケースは、大きく2つの流れがあります。ひとつは、自立の元気なうちに入居され、それから10年以上も暮らされて、いよいよ最期を迎えられるというケース。もうひとつは、高度な医療・介護のケアが必要な状態で病院を退院されて、入居の時点ですでに看取りを意識されているケースです」
宮崎「そうですが、もう入居後も看取るだけということがわかる場合で、それでも何らかの形で一時的に持ち直して、それで行事とか、個人的な外出とか、喜んでもらえる機会があると、こちらの施設スタッフの側でも、とても思い出に残っていますし、遺されたご家族の側にも『アイムスさんにお世話になって良かった』と言っていただけると、スタッフ一同、こういう仕事をしていて良かったと思えます」

宮崎匡章(みやざき・まさあき)
「アイムス赤羽」施設長。医療・介護系のコンサルタント会社を経て、ハンドベル・ケアに入職。2006年からアイムス蓮根の施設長を務め、2013年から現職。「ご入居者様のためのホーム」の理念を掲げ、“選ばれる施設”を目指す。
余命宣告を受けた夫の最期の半年間
阿久津「私が旭山公園のホームで施設長を務めてきたこの3年を振り返って、とても印象深いご夫婦のエピソードがあります。奥様は認知症が進んでおり、ご主人は入居後も、ご自身でマイカーを運転されて毎日の仕事をこなして戻ってくるような生活を送られていました。奥様のことを思って、ホームで暮らしていたわけですが、ある日、ご主人に検診で、がんが見つかって、すでに末期でした。ご主人は亡くなるまでの、どんどん弱っていきましたが、奥様の後見人に弁護士に頼んで、どこか満足した、もう安心だというお気持ちが見て取れて、穏やかな最期を迎えられました。ご自身が亡くなれるという厳しい状況に立ち至っても、遺される奥様には苦労させたくない、周囲には迷惑をかけたくない、という強い意志から行動されるご主人の姿に、私自信、家族をもつ家庭人として、いろいろなことを考えさせられ、思い出すたびに、胸が熱くなるエピソードです」
「自分たちのことは自分たちで」という意識
宮崎「日々、いろいろな入居者様と接しながら気づかされるのは、たとえ老いて介護が必要になったとしても、ご家族、お子さんには迷惑をかけたくないというお気持ちが、とても強いということです。本当は、ご自宅で暮らし続けたいのだけれども、介護が必要になると、ご家族やお子さんに迷惑がかかってしまうので、それは避けたいから、いつかは介護施設に入ろうと考えている、というお話はよく聞きますし、実際、すでに入居されている方も、子供に迷惑はかけたくない、と口をそろえたようにおっしゃいます」
山田「戦後の日本では、かつては普通だった一家三世代同居というような家族の形態が変容して、核家族化が進んで、価値観やライフスタイルも多様化したと言われるわけですが、人生の晩年においても、身の回りのことをどうするか、といった生活の面でも、老後の資金といった経済面でも、息子、娘の世代に面倒をみてもらいたいとは考えていらっしゃらない。自分たちのことは自分でやる、そういう考え方は、多くの方に共通していると感じます」

山田亮介(やまだ・りょうすけ)
「アイムス蓮根」施設長。IMSグループの介護老人保健施設勤務を経て、2017年から現職。「ご入居者様、ご家族様が求める豊かな生活の実現」をモットーに施設の運営改革に注力。
認知症が社会問題化した日本の1970年代
宮崎「たとえば、1970年代には、認知症の家族の人間模様を描いた有吉佐和子の『恍惚の人』という小説が、テレビドラマ化されて話題を呼びましたが、当時、認知症を患った高齢者の介護が家族の大きな負担になっていて、社会問題化したことは、現代日本の介護に対する意識に少なからず影響していると思います。認知症に限らず、病院に入院して死を迎えることに関連して、延命治療や尊厳死といった議論がマスコミを通じて喧伝され、そうした時代を生きてきた世代は、やはり介護問題や自身の死について、一口では語れませんが、いろいろと思われるところがあるのだと思います」
自分の価値観、個性を大切にする団塊の世代
阿久津「それに加えて、先ほどのエピソードのご主人もそうなのですが、ご自身の人生は、ご自分たち夫婦の代で完結させるというような意識が強いように感じます。それに同時に、老人ホームでの暮らしに対するニーズも多様化していて、特に団塊の世代と呼ばれるような、現在まだ70代といった“お若い世代”の方々が、老人ホームに求めるものというのは、施設や居室のファシリティといった面にとどまらず、レクレーションや料理といった暮らし全般、リハビリや介護、そして将来の看取り、といったように、あらゆる面において価値観が多様化し、ひいては個性を大切にする世代が、これから老人ホームに入居する年代に差し掛かっており、私たち老人ホームの側でも、従来にも増して、入居者様のニーズに対して敏感である必要性があると思っています」
介護施設の“自由度”や“個別性”が問わる
山田「日本の介護分野では、これから近い将来、介護の現場を担う人材の不足が問題視されていますが、また同時に、戦後のベビーブーム時代に生まれた団塊の世代が、介護サービスを受ける時代を迎えることに対する危機感や問題意識が盛んに語れるようになっています。これは、有料老人ホームの明日の経営を考えるとき避けては通れない重要なテーマなわけですが、すでに介護の現場では、かつてのように介護サービスが提供されること自体で、無条件に喜ばれるというような感覚は薄らいでいます」
宮崎「私は、これからの有料老人ホーム経営を語るうえでのキーワードは、ずばり“自由”なのだと思います。逆に言えば、従来の介護施設は“不自由”だったということです。入居すれば、何らの制限が課され、たとえば夜更ししたり、寝坊したりすることもはばかられるような雰囲気すらある。介護する側としては、入居者様に規則正しく毎日の生活を送っていただきたいという思いがあることは、理解できますが、それでも“自由度”のあるホーム運営がますます求められる時代になっていくのだと思っています」
最もニーズがあるのが、やはり外出
阿久津「私たち、アイムス旭山公園では、アクティブシニア層と呼ばれるような、まだまだお元気な自立度の高い方にご入居いただき、自然環境に恵まれて、札幌中心街にもアクセスしやすいロケーションを生かして、充実した老後を楽しんでいただきたいというコンセプトがあります。たとえば、施設と市中心部を周回する循環バスを原則通年で運行しており、お元気な入居者の方々に“外出の自由”という利便性を提供する一方で、将来的な介護が必要になったときにも高い水準のケアを提供できる施設運営体制を充実させ、介護度に関わらず充実した生活を送れる“自由なホーム”という理想を掲げています」

宮崎「有料老人ホームのアクティビティの中で、一般に最もニーズがあるのは、やはり外出だと思います。好きなときに外出できる自由です。有料法人ホームでは、介護が必要になっても、制度的には、自宅に住んでいるのと同様、在宅とみなされ、外出するかどうかの判断は、原則的にご自身の意思に委ねられているわけですが、現実的には、万一、ご入居者様が外出時に転倒され、悪くすると、骨折というような事態を招けば責任問題になりまるし、介護者自身、とても後悔します。それでも、ご家族やご本人としっかりコミュケーションを取って、できる限り自由に外出できる環境づくりを目指しています。誕生日には、施設からのプレゼントとして、付き添いが同行して好きなように外出できる無料サービスを提供しており好評です」
ご本人、ご家族のお気持ちに寄り添うこと
山田「私たち蓮根のホームでは、医療やリハビリが充実していることもあり、介護度の高い方々が主に入居されることもあり、外出が自由にできる自立度の高い方は少数派です。ただし、入居年数を重ねられ、だんだんと足腰が弱ってくると、外出中に転倒されてけがをされることもあり、こうした日常動作の変調を見極めて、ご本人、ご家族とお話合いの場を設けることになっています。それじゃあ、介護に付き添ってもらって外出することにしましょうと、“個別性”に配慮したきめこまやかなケアが大切になってきます」
宮崎「そうですね、終末期の看取り看護でも、“個別性”が極めて重要です。今の時代は、ご自身の死に際の希望をあらかじめ明示する“エンディングノート”だったり、ご家族ともしものときのことを話し合っておく“人生会議”だったり、死が、だれもがいつか経験する現実として捉えられるようになってきましたが、そういう準備が整っているケースは、むしろ少数派です。前述したような看取りのエピソードもそうなのですが、ご本人、ご家族と常にきちんと向き合ってお話することが何より大切だと思います。私がいつも心がけているのは、ご本人はもちろん、ご家族も含めてお気持ちに寄り添うことです」
ご家族、ご本人、職員の思いが一致するとき
阿久津「これまでの看取り介護の経験を振り返ったとき、ご本人、ご家族のお気持ちや考えが同じ方向を向いていて、ご臨終のその瞬間をご本人とご家族が一緒に迎えられるというのが、一番幸せな最期なのではないかと思えます。ただし、ご本人のご家族の思いというのは、いつでも一致するとは限らず、お元気なうちから、延命治療などに関してよく話し合っていただき、施設側にも、考えをお伝えいただくようにしています」

阿久津孝雄(あくつ・たかお)
「アイムス旭山公園」施設長。イムス札幌内科リハビリテーション病院の総務責任者を経て、2020年3月から現職。着任後、コロナ蔓延防止対策に注力し、現在、さらなる施設の魅力づくりを推進
山田「ただし看取り介護の現場では、たとえば、状態が悪くなって普通に食事を飲み込めなくなったときに、体内にチューブを挿入して、直接、胃に栄養補給する胃ろうの処置がありますが、こうした重篤な状態に陥ったご本人が、こうした処置を望むか否か、意思表示することは困難であり、お元気なうちにご本人の意思表示がないならば、ご家族に重い決断が求められます。看取りケアに際しては、ケアマネ、看護師、訪問診療の医師、そして、ご本人とご家族という、ケアに関わる全員によって、刻々と変化する状況に応じて、適切なコミュニケーションがなされることが理想的です」
テクノロジーもスタッフの“思い”があってこそ
宮崎「話題が少し変わるようですが、介護の現場では、ケアの質を高めて効率も上がるようなテクノロジーの活用、新たな開発された介護ロボットや情報処理ソフトなどを導入しようという動きが活発です。ただし、最新テクノロジーであっても、しょせんは道具でしかありません。それを使う現場のスタッフが、どのような思いで、自身のミッションや、入居者様に向き合うのかが、やはり大切になってきます」

魅力ある施設づくりのための継続的な努力
阿久津「これはハンドベル・ケアに限らず、全国の有料老人ホームに一般に言えることだと思うのですが、時間経過と共に、介護度が高まり、医療度の高い利用者層の比率が増えるという傾向にあるようです。そうすると、外出行事のようなアクティビティに参加する方が減少して、施設全体としての活力が損なわれてしまうことにもなりかねない。ですから、自立度の高い入居者の方々にも、魅力的な施設運営を目指す、継続的な努力や工夫も大切になってきます。そこに、リハビリが有機的に組み合わせることで、リハビリにより具体的な目標が設定でき、高い意欲も持てる環境づくりにも取り組んでいきたいと思います」

山田「私たちのアイムス蓮根では、伝統的に医療ケア、リハビリが強いという土壌があって、たとえば、居室でペットのネコ飼育を可能にするといった、さらなる魅力づくりに進めながら、今後は、こうした取り組みのPRにも注力していきたいと考えています」
地域社会と手を携える新しいホーム運営
宮崎「首都圏では、有料老人ホームをはじめとする介護施設間の競争が激化していて、以前は珍しかった24時間の看護師常駐といった運営は、だんだんと一般的なものとなってきています。日本の介護は、団塊世代が75歳以上の後期高齢者に到達する“2025年問題”を目前にして、大きな変革期を迎えていると指摘されています。私たち、有料老人ホームであっても、もはや単独で入居者様の多様なニーズに対応するだけが、最適解に至る道ではないのかもしれません。たとえば、ソーシャルコミュニティという足元の地域社会と手を携えて、老人ホームと社会が新しい形で結びつくような挑戦も必要になるはずです」

<ハンドベル・ケアの視点>
団塊世代が入居対象となる中、施設には個々のニーズに寄り添い、社会とのつながりを維持できるサービスが求められています。入居者と家族の価値観を尊重し、両者の懸け橋となる関わりを大切にすることが重要です。また、良い看取りの提供も介護付き有料老人ホームの役割としてますます重要になっています。単なる介護の場ではなく、入居者が自分らしく安心して暮らせる環境を整えることが、今後の施設運営に求められています。