IMSグループで介護分野の事業を担う株式会社ハンドベルケアでは、首都圏で3カ所の“かんたき”(看護小規模多機能型居宅事業所)を運営しています。今回の座談会では、事業責任者とケアマネージャーの3氏が、看取りケアや科学的介護の可能性について語りました。(このコンテンツは、ハンドベル・ケア創立30周年記念事業で制作された座談会パンフレットの内容を再編集しました) ※所属や役職は2023年11月当時

“終活”を単なるブームで終わらせてはいけない
町田「近年、“終活”が静かなブームを呼んでいるように、これまでタブー視されてきた“死”という現実に、あらかじめ準備しておこうという意識が、一般にも浸透しています。ただし実際に、老いた親の死に直面したとき、どのような具体的な支援を得られるのかというと、たとえば、財産の相続や精神面でのサポートなどの面で、まだまだ手薄だと言わざるを得ません。介護に携わるケアマネージャーの一人として“終活”の機運を単なるブームに終わらせてしまってはいけないという問題意識を持っています」

コロナ禍が看取りを考える契機に
高橋「人は病院で死ぬものだという、戦後の日本で支配的だった終末期の固定観念に一石を投じる契機となったのが、この数年、世界中で猛威を振るった新型コロナウイルス感染症だったのだと思います。コロナ蔓延防止の観点から面会が病院側に厳しく制限され、入院中の親に会えなくなってしまう、そんな家族のご心痛は想像するに余りあるものがあります。ところが、そこで“かんたき”という介護事業所があるということを探し当て、死期の迫った父母を自宅で看取ることを希望されるご家族からの問合せが急増。こうした看取りケアのご要望にお応えしようと、私たちの横浜の施設では、コロナ禍においても、一度も面会制限することなく、業務を継続してきました」
介護保険の適用となる在宅の看取り
桑原「ただし、ご本人が住み慣れたご自宅で、看取り期を迎える場合に、介護保険を使えるサービスが存在することは、今なお、ほとんど知られていません。余命宣告といった現実に直面したとき、ご自宅で親御さんに最期を迎えてもらいたい、と考えるご家族は多いのですが、いざ、実行に移すとなると、いろいろな不安や困難が解消できず、結局のところ、不本意ながら、病院や施設に入ることを選択するケースは少なくないようです」

かんたきとは
看護小規模多機能型居宅事業所。退院後や看取り期の在宅介護を支えるため、主治医と連携しながら、看護師や介護士が「通い」「泊まり」「訪問(看護・介護)」の多様なサービスを24時間365日提供します。
高橋「先日、地域で介護保険を利用する際の窓口ともなる地域包括支援センターのケアマネージャーを対象とした研修で、在宅での看取り事例を発表する機会をいただいたのですが、『(看多機では)こんなことができるんできるのですね』と驚かれる方もいて、介護関係者や医療機関に向けた理解促進のPR活動ものには、ひとつの課題である大きなテーマだと再認識させられました」
首都圏で3カ所の“かんたき”を運営
桑原「国内屈指の規模を誇る医療福祉グループである私たちイムスグループで、介護関連事業の一翼を担うグループ会社のハンドベル・ケアでは、ご自宅での看取りや介護をサポートする看護小規模多機能型居宅事業所(かんたき)の第一号を、2014年に横浜市港南区で開設。2016年には埼玉県三郷市に、2023年6月には埼玉県三芳町に、相次ぎ事業所を開設。現在、これら首都圏の3施設を“ケアピリカ”という名称で運営しています。イムスグループが培ってきた看護・介護分野のノウハウを生かせる“かんたき”は、在宅介護の新分野を切り開く、グループ経営においても先駆的な取り組みと位置付けられています」

「最期は病院で…」という固定概念が変わる
町田「ただ、最期は病院や施設で迎えるものだと考えてきたご家族に、在宅での看取りという選択肢があると、きちんと理解していただき、実際に“かんたき”を利用して、親御さんを看取っていただくには、まだまだ高いハードルがあると思います。医療関係者でさえも“かんたき”の使い方をご存じいただいていないのが実態ですから、一般の方ですと、なおさらそうです」
いつでもスタッフに駆けてもらえる安心感
高橋「実際に親御さんをご自宅で看取られたご家族から、やはり最初は戸惑いがあって、とても不安だったという率直な感想をお聞きすることがありました。それでも、私たちスタッフから『何かあれば、24時間いつでも行きます』と声をかけられことが心強く、とても安心できたそうです。結局、親御さんが逝去されるまでの期間、一日一回のペースで、看護スタッフが訪問して状態を観察して、一般的なケアをご提供しただけなのですが、本当に安心できたとも、おっしゃられていました。もちろん、ケース・バイ・ケースで、ご自宅から最終的に“かんたき”の施設に移って最期を迎えられる方もいらっしゃいますし、看取りの最終局面で、どのようなケアをして、いかにご家族をサポートすればよいかは、常に考えていかなければいけません」

高橋千夏(たかはし・ちなつ)
ケアピリカ横浜港南ケアマネージャー。理学療法士として介護老人保健施設に勤務し“地域リハビリテーション”に携わった経験を通じて在宅介護に関心を持つ。2020年から現職。ご利用者様、ご家族様の支援に専心。
町田「日本では核家族化が進んだことで、家族が担ってきた精神的なサポートという側面も、だんだんと希薄になってきているとも感じます。ただ在宅の看取りでも、最期を迎える方に対する精神面でのケアを担うのが、お寺の僧侶であったり、最近では、宗教的なサポートを専門とするチャプレンという聖職者の存在であったり、多様化していると思います。精神面が大切な要素になってきます」
「ありがとう、ありがとう」と、穏やかに逝かれた女性
高橋「こういう看取りができて、良かったと思えるケースはいくつもあります。たとえば、私たちの施設に長く泊まられ、ご自宅には、ごくたまに一泊だけ戻られるというような状態だった女性が、ご逝去される直前になって、ご自宅に戻られたというケースです。ご自宅に戻られた数日後に亡くなられたのですが、実は、長年にわたって、ご長男のお嫁さんとの関係に溝が生じていて、それが、そのタイミングで和解できたというのです。お母様は亡くなれる間際に『ありがとう、ありがとう』と、ずっと何度も繰り返されていて、ご家族も在宅でお母様を看取れて本当に良かった、と喜んでいただけました」
町田「在宅の看取りでも、たとえば、オムツ交換にヘルパーさんが入って、それに訪看さんや訪問診療も入って、というように、あれもこれもと、いろいろサービスを受けなければという向きもありますが、実際のところ、何が必要とされているのだろうと思うこともあります。介護はご家族が担うことができます。ケアマネが毎月行うモニタリングも、ご家族が望まれるなら頻度を減らしても良いのかもしれません」

町田扶美子(まちだ・ふみこ)
ケアピリカみよしケアマネージャー。デイケアやデイサービスで管理者を、介護老人保健施設、居宅介護支援事業所ではケアマネージャーを経験。「利用者様の思いを大切に」。2023年4月から現職。
介護サービスはお仕着せであってはならない
桑原「看取りに限らず、介護全般のあり方に言えることですが、サービスはけっしてお仕着せであってはならないのだと思います。看取りと言っても、中には、あまり干渉を好まず、静かに最期を迎えたいという方がいらっしゃる一方で、たとえば、夜の繁華街の雰囲気を実際に楽しんみたいといったような希望を叶えたいという方もいらっしゃいます。介護が過剰である必要はありませんが、ご本人やご家族が何を求めていらっしゃるか、サービスを提供する側に真摯に耳を傾ける姿勢が求められているはずです」
介護に求められる「科学」の視座
町田「最近も、在宅での看取りのフェーズに入られた利用者さんがいらっしゃるのですが、『いつでも来て、泊まってくれていいですよ』といった臨機応変な対応が求められていると実感する場面がありました。フットワークの軽さが大切で、サービスをご提供する私たちの側では、少人数のチーム内で、いかに細かく、密に情報共有を図っていけるかというところが、利用者様やご家族に安心していただけるサポートを実現できるかどうかの大きなポイントになってくるのだと思います」
包括払いの“まるめ”と、適正なサービス提供
桑原「ですが、そこでケアプランを立てていく私たちケアマネージャーと、ご家族の間で、意識の食い違いが生じてしまいやすいのも事実です。制度的に“かんたき”のサービスを受ける側で、サービスを利用した実績に基づく出来高払いで利用費を負担するのではなく、実際に利用したサービスの量や内容に関わらず、毎月一括して定額を支払う“まるめ”の包括払いであることも影響しているのように思えます」

桑原洋一(くわばら・よういち)
ケアピリカみよし所長。介護小規模多機能居宅介護の「ケアピリカみさと」「ケアピリカ横浜港南」の管理者を歴任。2023年6月から現職。地域に根差した新しい介護を模索。
高橋「そうですね、初めて利用されるご家族から、『週5日間、平日はサービスをフルに詰め込んでほしい』というように、盛りだくさんのサービス利用のご要望いただくことがあります。ご家族の立場からすると、『親御さんが自宅で一人になる時間を減らしたい』『何かと忙しい自分たち家族の介護負担を軽減したい』という切実なご事情もおありだと思います。ただ、健康な若い世代ならば週5日働くのは当然の感覚かもしれませんが、お年寄りにとっては、リハビリが週5日ペースだと疲れ切ってしまうかもしれません。どのようなサービスを、どれくらいの頻度で利用することが適正なのかという問題になってきます」
「検討します」という応答は論外
町田「一方で、介護サービスを利用する側の意識も、徐々に変わってきていると実感させられます。戦後生まれの団塊の世代には、こだわりがあって、介護サービスに対するニーズも多様化していると言われています。こうした70代前半の世代が介護を受ける時代が近づいています。さらに、40代、50代のご家族はネットで情報を収集していて、親御さんの介護にも、いろいろなご意見をお持ちです。ただ、ネットの情報はあくまでも一般論で、それをご自身のご家族の状況に単純に当てはめることはできません。そこで、正しい認識をお持ちいただくことが大切です。包括払いの“まるめ”のメリットを生かし、ご利用者様の状態やニーズに応じてサービスを上手にマネジメントしていくことこそ、私たち専門家の役割だと思います」

高橋「そもそも“かんたき”は、医療依存度が高い、ご高齢の利用者様に、ご希望通りに、できるだけご自宅で暮らしていただけるような、目に見える効果の上がるリハビリやケアをご提供することを期待されているわけです。ご家族にも、ご納得いただけるようサービスの根拠を説明できなければいけません。たとえば、『検討します』というような対応では、説明責任を充分に果たせていないとのそしりを免れないでしょう。どのようなケアプランをつくって、日々のサービスに落とし込むことができるのか、私たちの力量が問われているのだと考えています」
LIFEのデータを日々の業務に活用
桑原「それは、日本全体の介護が抱えている、とても大きなテーマに通じるものではないでしょうか。日本の医療現場では、診療報酬の適正化という観点から、長年にわたって膨大なデータが蓄積されていて、それぞれの疾患や症状に応じて、全国一律の標準的な治療プロトコルが用意されていて、地域や治療者が違えば、治療の内容も極端に違うというようなことは少なくなっています。国は、科学的介護情報システム(LIFE)を導入して、介護の業界全体を巻き込みながら、科学的な根拠に基づいた介護サービスの将来を模索しているところです」
町田「私たちの事業所では、LIFEのデータを日々の業務に活用する機会が増えています。介護、看護のスタッフそれぞれが受け持つ利用者様の介護計画を見直したり、評価したりするとき、データを活用するようにしています。利用者様の状況をチームや、その上に立つリーダーと共有して、データという客観的な共通認識に立って、たとえば、目標設定に無理があるとか、より現実的な目標を設定した方が良いというように、より建設的な議論が可能になっています」

LIFEとは
厚生労働省が2021年度に運用を開始した科学的介護情報システム(Long-term care Information system For Evidence、略称LIFE)です。介護事業所が提出したデータ(介護サービスの利用実態やケアの計画・内容)を集計・分析し、介護の質の向上を目指します。データを提出する事業者には一定の報酬が加算され、普及と活用が進められています。
具体的な目標設定とリハビリの実効性
高橋「私は以前、老人保健施設で理学療法士(PT)として勤務していました。その後、ケアマネージャー職に就いたのですが、介護が必要な高齢者に多いのが、家や施設にこもりっきりではなくて、外出したい、自分の足で歩きたいという、切実なニーズです。病院のリハビリでは、100メートルの距離を歩けるようになるといった目標を設定するわけですが、“かんたき”では、むしろより具体的な目標設定と実効性のあるリハビリが焦点となってきます。介護度が進んだ方が多くので、なんとか現状維持を図りながら、それぞれの生活スタイルに応じて、近所の買い物や、布団やベッドで就寝する際の生活動作に絞ってリハビリに取り組みます」

テクノロジーも活用、地域の在宅介護を支える
桑原「介護を受ける高齢者で、老衰で亡くなる方のうち、介護保険を利用している割合は1割程度というデータもあって、まだまだ在宅の看取りという介護ケアが、広く周知されているとは言えません。また、老衰で亡くなられるというのは、どのような経過を経て、息を引き取られることなのか、実際のところも知られていないと思います。現場を経験している看護師は、そろそろではないか、と直観的に死期を感じ取るものです。顔色がなんとなく変化したり、水分が摂れずに、身体にむくみが現れたり、最期が制待っていることが、経験的に理解されています」
「夜間の様子が分からない」という不安
町田「看取りを迎えようとされるご家族の抱く不安は、具体的には、ご本人が夜中に何をされているのか、わからないということからきているケースが多く、日中では考えられない、それこそ、いきなり冷蔵庫のところで何か食べているといったような予想外の行動が把握できれば、ずいぶん安心できるのではないかと思います。実は、私が勤務する三芳の施設では、居室にカメラを設置して、心拍数などのバイタルデータや、身体を動かす動きをセンサーでモニタリングする最新のシステムを導入しているのですが、こうしたシステムが、将来的に、在宅の看取りでも活用できる環境が整えば、様相は一変するのかもしれません」

容体の変化をスタッフが遠隔で察知
高橋「ご家族は、最期の時に立ち会いたいという気持ちが強くて、できれば、気が付いたらなくなっていた、という状況は避けたいとお考えになっています。こうしたセンターやカメラのシステムが活用して、私たち施設側でもモニタリングできれば、ご本人の状態をいち早く察知して、ご家族にコールいただく前に、ご自宅に駆けつけるといったような対応も、将来的に実現できるのではないでしょうか」

桑原「こうしたテクノロジーの利用も、イノベーションが急速に展開する今日では、けっして夢物語ではなく、現実のものとなる日も遠くはないと考えています。介護の現場では、業務に従事する人材の不足が深刻化しつつあり、日本全体の大きな社会問題となっていくと予想されています。そんな厳しい現実があっても、私たちハンドベル・ケアの“かんたき”の使命は、地域の在宅介護をバックアップしていくことに尽きます。日ごろの地道な業界改善の取り組みやコミュニティ活動を継続しながら、介護に関するお困りごとに限らず、生活に密着した様々な困りごとを気軽にご相談いただけるような、地域に開かれた存在でありたいと願っています」


<ハンドベル・ケアの視点>
在宅での公的介護の利用は、まだ普及の途中です。介護報酬の制度や体系も、現場の実態に必ずしも合致しているとは言い切れません。今後、“かんたき”においても、介護保険適用外の有料サービスの構築が求められるようになり、施設側からの情報発信の重要性もますます高まっていくと考えられます。